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Home/マイ・ストーリー/金山康乃
「心の平安を求めて」
私は、浜松市頭陀寺町という、お寺の町で生まれました。座敷に仏壇と神棚が並んでいる、ごく普通の日本の家庭で、特にキリスト教会や聖書に触れることなく育ちました。このような私が、どうしてイエス・キリストと出会いクリスチャンになったのか、ということを、今日はお話させていただきます。
私の幼い頃、私の家は農家で、田畑だけでなく温室で花などを育てていました。両親、祖父母共に大変忙しく、子供のことより仕事中心の家でした。特に花の出荷前の夜は、座敷いっぱいに菊の切り花が山積みになっていて、大人達が夜遅くまで出荷の準備をしていたのを覚えています。幼い私は、母に添い寝をしてほしかったのですが、それが叶えられず悲しかったという思いと、部屋いっぱいに漂う菊の香りが、私の小さい頃の思い出のひとつです。私がもう少し大きくなりますと、父は農業をやめ、鋳物工場を始めました。工場は家のすぐ隣にありましたが、父母が忙しいことに変わりなく、家に帰っても誰もいない、がらんとした家でした。「寂しい」というだけでなく、生活全体が落ち着かない感じがして、子供ながらにもう少し落ち着いた生活がしたいと思っていました。友達の家に遊びに行くといつもお母さんがいて、どうしてこんなにうちと違うんだろう、などと思っていました。また、小さい頃から親子いっしょの音楽教室に通っていましたが、私の母は来られないことが多く、ひとりでレッスンを受けることも度々でした。でも、とてもやさしい先生でしたので、楽しく通っているうちに、「大きくなったら音楽教室の先生になりたい。」と思うようになりました。
その後、父は体を壊して別の仕事を始めるのですが、忙しいことは同じで、私はあまり親と触れ合うことなく、大きくなりました。そのせいかどうかわかりませんが、私は人一倍、家庭的な雰囲気に憧れ、暖かさや安心感を求める子供だったと思います。求めながら得られずに大きくなったという感じで、いつも学年が変わる度に全てのことがリセットされて、新しい生活が始まるのでは・・・と期待するのですが、そういう事はなく、また同じことの繰り返し・・・そんな思いを抱いていました。その後、音大に進み、卒業後は念願だった「音楽教室の先生」になり、大学で知り合った主人と結婚し、新しい生活をスタートさせました。
やっと、安定した平安な家庭を築ける、と思い、とても嬉しくて、暫くは幸せな日々を送っていました。でも少したつと、楽しいけれどどこか空しい(これでもいいのかな、これが本当に私の求めていたものなのだろうか、という)思いが心の中に涌いてきたのです。
そのような頃、ある方の勧めで、主人がリコーダーの勉強のため、オランダに留学することになり、私も一緒に行くことになりました。外国で、また新しい生活を始められる、と思うと私はワクワクし、有頂天になりました。ところが、夢に描いていた外国生活と、現実の生活とはかけ離れていて、大変なものでした。言葉、気候、食べ物、習慣や人間関係から来るストレスで、主人は段々元気がなくなってきました。日本にいた時は、リコーダーコンクールで賞をいただいたこともある主人ですが、オランダでは思うように成果が上がらず、塞ぎ込むようになり、遂に一日中ベッドから出られない日もある程、落ち込んでしまいました。私はびっくりしました。初めての外国生活で、私の方こそ助けてもらいたいのに、主人を支えなくてはならなくなったのです。主人を連れてあちこちの病院へ行ったり、逆に買い物などは全てひとりで行ったりしているうちに、私自信の体調も悪くなり、心身共に疲れてしまいました。心優しい奥さんだったら、こういう時こそ一緒懸命支えてあげるのでしょうが、私の中には、どうして私ばかり・・・という主人に対する不平不満ばかりが渦巻いていました。当時(1987年~1989年)はまだ、「心の病」について何の知識もなく、自分の夫がそのような状態になる、などということは、私にとってとても受け入れられないと思っていました。私の頭の中では、夫は妻を常にリードして、より良い所、高い所へ導いてゆくものだと勝手に思っていましたので、「しっかりして欲しい、頑張って欲しい」という思いを主人にぶつけていました。頑張れと言われても、頑張れるわけでもなく、主人は益々落ち込んでゆき、そんな主人を見ながら、私は本当にヘトヘトになってしまいました。その頃、子供もおりませんでしたので、「このままだったら離婚かな」と、日々の生活に絶望に近いものを感じていました。
そんな生活の中で初めて、私は人生について真剣に考えるようになりました。主人と私は6年間という長恋愛の末結婚したのですが、その愛はどこへいってしまったのだろうとか、愛って何だろう、夫婦って何だろう、自分て?生きるってどういうことなんだろう・・・などと、日本にいた時は忙しくて考える余裕もなかったことを、いろいろと考え始めたのです。そして、今まで自分そのものだと思っていたもの(学歴、仕事、○○さんの奥さんなどの肩書き)が、自分を形作る外枠でしかなく、それらが取り去られた今、自分の中に何も確固たるものが無い、ということに気づき、愕然としました。突然足元の地面が、音を立てて崩れるような感覚に襲われ、私は今までどうやって生きてきたのだろうと思う程、恐ろしくなりました。そしてその時、何があってもしっかり生きてゆける、何かがほし、これがあれば大丈夫と思えるものがほしい、と強く思ったのです。その頃はまだ、神とか信仰とか、全く知らない時なので、それが何なのか分かりませんでしたが、何かないと生きていけない、そう思いました。
その頃はちょうどイエス・キリストの復活をお祝いする「イースター」の少し前で、バッハの「マタイ受難曲」や「ヨハネ受難曲」の演奏会が、オランダのあちこちで開かれている頃でした。この曲は、聖書の中の「マタイの福音書」や「ヨハネの福音書」の内容にメロディーが付けられているので、演奏会に行く前に聖書を読んでいった方が良いと言われ、それがきっかけで聖書を読み始めました。日本から送った荷物の中に、ギデオン協会からいただいた古い聖書がありまして、絶対読まないよね、と言いながら、でも隙間があるから入れておこう、という感じで持ってきたものでした。マタイの福音書から読み始め、初めて「イエス・キリスト」という方を知り、どんどん聖書に引き込まれてゆく自分を感じました。「ああ、こんな人がこの世にいたんだ。」と唯々驚き、読んでいきました。実はオランダにも、クリスチャンの日本人留学生が何人かいまして、ヨーロッパを巡回する牧師や伝道者と一緒に、時々集会を開いていました。日本食に釣られて行ったこともあったのですが、その頃の私は何となく違和感を感じ、「キリスト教」を避けていました。でも、自分がどうしようもない状況に置かれ、そして、「キリスト教」ではなく、イエス・キリストという方に触れた時、初めて、聖書の言葉が心の中に入ってきました。ある日聖書を読んでいて、十字架にかけた人達を見て、天の神さまに「彼らをお許しください。彼らは何をしているのか自分で分からないのです。」というところに目が止まり、ああ、これは人間の言葉ではない、この方こそ本当の神さまだ、と確信しました。私は、たったひとりの愛さなけらばならない主人でさえ、愛することが出来ないどうしようもない、愛のない者だとわかっていましたので、こんなことが言えるのは、神さまに違いないとはっきり思ったのです。それからひとりで、「イエス様、私はあなたを信じます。」と祈りました。その瞬間、真っ暗闇のステージにいる私に、一筋のスポットライトがあたったような気がしました。そして、次の朝起きると、私の心が全く変わっていたのです。何だかとても嬉しくて、喜びが次から次へと心の中から湧き上がって出てくるような感じなのです。目に入ってくる景色も、昨日までと全く違って見えて、キラキラ輝いて見えました。ああ、私は救われたんだ、神さまってすばらしい、そう思いました。主人に対する気持ちも変えられ、私の心がこんなに変わったのだから、きっと主人も神さまが癒してくださる、と確信しました。その頃は、2年間の留学期間も終わりに近づいていました。わがままな私は、ヨーロッパをあちこち旅行して帰りたかったのですが、神さまから、日本に帰りなさい、といわれた様な気がして、すぐに帰りのチケットを買って帰国しました。日本に帰ってから、すぐに主人が元気になったわけではなく、その後もいろいろな事がありました。でも神さまは、いつも私と共にいてくださり、祈りに答えて下さいました。心の病は根が深く、一進一退の繰り返しでしたが、神さまは薄紙を1枚づつ剥がす様にして少しずつ、主人を癒してくださいました。そして、いつの間にか主人もクリスチャンになり、今は二人で「音楽教室」をやりながら、時々コンサートなどもさせていただいています。人の心を変え、壊れた人間関係も修復してくださる・・・神さまは、本当にすばらしいなあと思います。
オランダという国は、英語で「The Netherlands」と言い、「低い土地」という意味です。だから今でも水を掻き出して、土地を広げているそうです。そんな事から、「世界は神が作ったが、オランダはオランダ人が作った」と言われる程、神さまを脇に置いているような所がある国です。そんな国に私達が押し出されて、神を知り、神に見出され、神を信じる者にされたということは、何とすばらしいことかと思います。そして、主人に留学を勧めてくださった方も、当時は知りませんでしたが、クリスチャンだったのです。その方の祈りにも支えられていたんだなあと、今は心から感謝しています。
幼い頃から求め続けてきた心の平安を、私は神さまを信じることによって、ようやく得ることが出来たのです。そして、今までのいろいろな出来事は全て、(よかった事も悪かった事も)、私が、イエス・キリストに出会うために用意されていたんだと今は思っています。クリスチャンになってもう20年近くなりますが、今でも毎日いろいろな問題や悩みを抱えています。でも、聖書を読んだり、祈ったりするなかで道が開かれたり、家庭や周りの方に助けていただいて、日々平安に過ごしています。神さまは私がどんな状態の時も共にいてくださり、最善を尽くしてくださる、真実なお方です。私はこれからも、主人と共に神さまを見上げ、神さまと共に歩む人生を、歩いていきたいと思っています。離婚しなくて本当によかったです。
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